観月受難伝

「観月ちゃんのこと、よろしく頼む」
 そう言い残すと、未来から来た男、弁慶の姿は未来に繋がっている天の門の
中に姿を消した。
「弁慶様・・・」
 上空へと薄れゆく気配に、見上げるように顔を上げた観月をさみしさを隠し
きれない声音で、相手の名を呟いた。
 覚悟はしていても、感情が揺れる事を完全に抑える事は出来ないのだ。
 そんな彼女の肩に、慰めるように、そして励ますようにそっと手が置かれた。
「観月ちゃん」
 動作同様に温かい呼びかけに、観月は素直に振り返って手と声の主の名を口
にした。
「九羅香さん・・・」
 一瞬だが、親近感を感じた。だが、すぐに互いの立場を思い出し、彼女は九
羅香に向き直るとゆっくりと頭を下げた。
「どうぞ、わたしを捕らえて下さい」
 淡々とした口調で告げる。彼女は理解していたのだ。たとえ九羅香が好意を
示そうと、平家の姫君である自分を勝者となった源氏が許すはずがない、と。
 それならいっそのこと、自分から進んで九羅香に捕まった方がいい、と判断
したのだ。
 ところが、九羅香はそんな観月に思いがけない提案を突きつけてきた。
「そういうわけで、わたしの妹にならない?」
「は?」
 あまりと言えばあまりな提案に、観月の見えない目が点になった。そのまま
固まる彼女を余所に、与一が真面目な口調で異論を挟んだ。
「だから九羅香殿、それはあまりに無理があると申し上げているでしょう。ま
 だ私の妹の方が通りやすいでしょう」
「でも、やっぱりそれだって無理があるよ。与一の所は確かに子だくさんだけ
 ど、隠し子がたくさんってわけじゃないんだから」
 この無茶苦茶な(少なくとも観月にはそう思えた)議論に、今度は静が口を
挟んできた。
「ですから〜、ワタシの所に預けてくださいよ〜。弟子が欲しいと言ってるじゃ
 ありませんか〜」
「駄目だって言ってるだろ。あたしの所で忍者修行させてあげるってば」
 比較的まともなはずの与一や、権力闘争における常識を心得ているはずの静
までも加わっての争奪戦に、当の観月は目眩を覚えた。それは当然だろう。敵
方の姫君の身柄を、捕虜にもしないで義妹だの弟子だのにしたいなどとのたま
わる武将など、前代未聞である。
 フラッ
 目眩ですまず卒倒しかけて一歩後ろへ足を踏み出すと、このとんでもない議
論に唯一加わっていない紅葉の身体に、彼女の小柄な身体がぶつかった。
「あ、ごめんなさい、紅葉さん」
「いいえ、お気になさらずに。それより、大丈夫ですか、観月様?」
「は、はい。わたしの方はなんともありません」
 そこまで応じると、観月は議論を白熱させている九羅香達に顔を向けた。
「ところで・・・どうして、あのような議論をしておられるのですか?」
 いたって当然の、素朴な観月の疑問に、紅葉は力無い苦笑を浮かべた。
「その・・・弁慶様が、帰られる時に頼まれたのです。観月様のことを」
「はぁ・・・」
「そうしたら、誰が観月様を引き受けるかで、皆さんもめはじめまして」
「それで、あの騒ぎですか・・・」
 もはや呆然となるしかない観月である。
 そんな風に呆然としている間にも、九羅香、静、与一、玲奈の4人による
「観月の身元引き受け権」をかけた争奪戦は、その程度の低下が激しくなって
いた。どの程度かというと、お互いの家族構成による問題点(特に出生時期に
関しての)を無理矢理でっち上げているほど、と言えば分かるであろうか。
 とにかく、目眩も卒倒も出来なくなった観月はひたすらに頭痛を覚えてため
息を吐き、健気にもこれ以上に事態が混迷化しないように行動を起こした。
「あの・・・九羅香さん達を何とか止められないものでしょうか?」
「そうですね、手立てはなくもないですが・・・観月様、ご協力していただけ
 ますか?」
 この問いに、観月は間髪置かずに頷いた。彼女にとって、命の恩人達によっ
てなされるこの程度の低すぎる議論は聞くに耐えなかったのだ。
 その決意を見て取った紅葉は、1つ頷くと顔を上げて議論を続ける一同に呼
びかけた。
「みなさん、話はそこまでにしませんか?」
「そんなこと言ったって・・・」
 話の腰を折られた九羅香が、不満げに唇を尖らせる。
「観月様の意志を無視して議論されても、観月様が困るだけですよ。まず、観
 月様のお気持ちを確認される方が大切なのでは?」
「む、確かにその通りだが・・・」
 与一は、紅葉の正しさを認めつつも、難しい表情で語尾を濁した。その後を、
静が受けた。
「ですが〜、観月さんはワタシたちの事を詳しく知っているわけではないです
 から、いきなり決めろと言われても困ると思いますよ〜」
 彼女の隣で、玲奈が何度も頷いている。しかし、全員の反対意見にも、紅葉
は動ぜずに提案を続ける。
「もちろん、観月様にいきなり決めていただくわけではありません。お1人づ
 つ、自分の所に来るならどうするか、観月様のお身体にお伝えするんです」
「はい?」
 発言の半ばから、いきなりとんでもない内容になり、観月は思わず脊髄反射
的にそんな反応を示した。だが、九羅香達は、そんな彼女の反応にかまわず、
話を進めていった。
「つまり、観月ちゃんの身体を一番悦ばせた人が引き取るって事だね?」
「はい?」
「まぁ、そういう事です」
「も、紅葉さん?」
 紅葉から妙な黒さ−例えるなら、黒地に細くて赤い縦縞の入った服を着た白
髪の女性のような黒さ−を感じ、観月は彼女から距離を取ろうとした。が、肩
に置かれた手の力強さに、離れるどころか身体を揺らす事さえできなかった。
そんな観月に、紅葉はいつもの柔らかい口調でこう告げた。
「観月様、時間がありません。お覚悟を」
(おじい様や敦盛さんより恐いです、紅葉さん)
 心の中でツッコむ間に、与一が決意もあらわに宣言する。
「分かった。そのような事、経験はないが、武人の誇りにかけて全力で悦ばせ
 よう」
(与一さん、そんな事に武人の誇りをかけないでください)
「うふふ〜。観月さん、白拍子の技術、とくと味わってくださいね〜」
(白拍子の技術とその手の事と、何の関係があるのですか、静さん)
「観月、伊勢流忍術のその道の奥義、見せてやるからな」
(何で伊勢流忍術にその手の奥義があるんですか。っていうか、何でそんな奥
 義を身につけているんですか、玲奈さん)
「任せてよ、観月ちゃん。わたし、こう見えても女の子を落とした経験が何度
 かあるんだ」
(あるんですか、九羅香さん・・・)
 だんだん、何もかもどうでも良くなって来た観月であった。
 そして、紅葉が彼女の背中を押して、九羅香達の方に押し出した。
「それでは皆さん、頑張ってくださいね」
 朗らかな口調で、実態はかなり酷いというかあまりな事を告げた。
 直後、九羅香達は一斉に観月に飛びかかり・・・その後の事は、まぁ言うま
でもないだろう。ただ、しばらくの間、妙に桃色の空気が辺りを支配した、と
だけ記しておく。

 その後・・・
 再びこの時代にタイムスリップしてしまった弁慶は、神機を守りつつ観月と
共にこの時代で生きていく事を決意した。
 この決意は、観月を狂喜させた事は・・・まぁ、言うまでもないだろう。

 終わり


 後書き

 松です。観月受難伝をお届けします。

 まぁ、何と言いますか・・・タイトル通り、観月の受難(?)話です。
 最後に弁慶とEDを迎えているのがせめてもの救いでしょうか・・・

 元ネタは「1」における観月ED。
 何せ、紅葉以外全員で取り合いますからねぇ、彼女の事;
 それにしても、九羅香に与一、「妹」って家庭争議を引き起こす気かい;

 ちなみに、紅葉の「黒地に細くて赤い縦縞の入った服を着た白髪の女性」は
「赤いあくま」で有名な某18kなゲームから。
 黒い紅葉と「黒地に細くて赤い縦縞の入った服を着た白髪の女性」って、色々
と共通点ある気がしませんか?料理とか・・・

 ちなみに、与一の「体中あちこち痛い」は「ガンパレードマーチ」の芝村舞
の台詞から。
 あれもネタにしやすいい台詞の多いゲームですな。

 それでは、こんなところで。

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