始まりの買い物 (どーしようかね・・・)  その男は、結構な数の平積みされた箱の前で、悩んでいた。  その白い箱には、金髪碧眼の少女を基調とした白い可動フィギュアのイラス トが描かれていた。その頭上には「MMS−Automaton 神姫 天使 型アーンヴァル 型番:FL012」と記され、さらその上には大きく「武装 神姫」というロゴが入っていた。  神姫。それは全長15センチほどのフィギュアロボ、MMSオートマンであ る。「心と感情」を持ち、様々な道具を使用してオーナーの補佐を行う存在で ある。その汎用性の高さと反応の良さから、いわゆるマニア層を起点に流行り 始めた。それが2030年代半ばにもなると、かつてのパソコン、携帯電話の ようにユーザーが爆発的に増加。今ではもっとも一般的なホビーという地位を 確立している。  武装神姫とは、神姫の中でも特に「バトルロンド」と呼ばれる神姫同士の対 戦ゲーム用に武装したものを指す神姫のユーザーが増えた最大の要因として真っ 先に挙げられるのが、この「バトルロンド」であり、武装神姫である。 (アーンヴァルタイプだけなら悩まないんだが・・・)  そう思いながら、男は白い箱の横に視線を走らせた。  そこには、黒い箱と茶色い箱が同じように積まれていた。前者は悪魔型スト ラーフタイプの、後者は砲台型フォートブラッグタイプの箱である。  彼は、この2つも同時に買うかどうかで悩んでいたのだ。  幸い、ボーナスが出たばかりであった事と、最初からアーンヴァルタイプの 神姫を買う予定であった事の2つが重なったため、金はある。しかも、3つと もにセールの対象品であるため、どれも1体当たりの値段は当初の見積もりよ りも安い。だが、3体も買えば、その合計額は見積もり額の倍近くになる。そ れは、いくらボーナスで懐が温かいといっても、そこまでの出費はさすがに痛 いのであった。  しかし、なら買わなければ良いではないか、という常識論はなかなか適用で きない事情もあった。 (とはいえ、ストラーフタイプって、すぐになくなるって雑誌に書いてあった  しなぁ・・・)  そう、ストラーフタイプはアーンヴァルタイプ共々人気が高く、常に品薄状 態の神姫なのだ。この機会を逃すと、次はいつ店頭に並ぶか見当もつかない。  そんな理由で迷っている男の横にストラーフタイプの神姫を胸ポケットに入 れた男が立つと、無造作にストラーフタイプの箱を手に取った。 「お、出ていたんだ」  誰にともなく呟くと、その男は箱をレジに持って行こうとする。そこで、ポ ケットのストラーフタイプが呆れたような口調で話しかけた。 「ボスー、また買うの?これでボクの同型は5体目だよ」 「何を言う。いいものは何体買ってもいいものなんだぞ」 「まぁ、いいけどね。ボク達をちゃんと見分けてくれるし・・・」  堂々と胸を張って断言する男に、ストラーフタイプは肩をすくめてみせた。  その光景を見た男は、それで決断した。 (まぁ、買いそびれるよりは、買ってお金に困る方がましか・・・)  それまで手にしていたアーンヴァルタイプの白い箱の上に、ストラーフタイ プの黒い箱とフォートブラッグタイプの茶色い箱を乗せる。 (合わなかったら、売ればいいんだし・・・)  そんな軽い気持ちを抱きながら。  それが世に言う「多々買い(たたかい)」への第一歩であるとは、全く思わ ずに・・・  なお、この時に購入した神姫、アーンヴァルタイプ、ストラーフタイプ、フォー トブラッグタイプは、それぞれヴァル、スー、ラックと名付けられることにな るが、それは別の話。  彼の神姫生活は、こうして始まったのだった。  おわり