神姫のいる光景、留守番  1LDKのマンションのリビングの中心に位置するテーブルの上に、一体の 神姫が待機していた。  砲台型フォートブラッグタイプの神姫である彼女、ラックは、部屋の主であ るマスターに留守番を任されたのだ。 『1500(ヒトゴーゼロゼロ)、異常なし、っと・・・』  簡潔なログを作成し、保存する。ほとんど一瞬で作業を終えると、彼女はぐ るりと部屋を見回した。  彼女のマスターでもある主のいない部屋は、雨戸まできちんと閉められ暗い。  もっとも、暗がりは苦にならない彼女の視界には、彼女以外の神姫があちこ ちにあるグレイドルで充電(兼、睡眠)している姿が確認出来る。  もっとも、レーザーキャノンを抱き枕代わりにして寝る天使型アーンヴァル タイプのヴァル、鳥型エウクランテタイプのクランの2人が、彼女の警報一つ で緊急起動する手筈になっている。  そんな状況を確認した彼女は、取り留めのない思考を始めた。 (マスターが帰ってくるまで、あと3時間以上。それまで玄関のドアを見張っ  ていればいいんだよね)  他は侵入するのに不向きだし(何せ雨戸まで閉めた窓だ)、と思っていると、 そのドアの向こうで不審な物音がした。 「ん?」  口に出しての反応はそれだけだった。だが、その内部では様々な信号の送信 と、受信信号の処理を高速で行っていた。 〈ドアホンカメラ起動、外部を撮影〉 〈アラート待機の神姫は直ちに起動〉 〈外部通報の回線を確保〉 〈映像を確認。郵便、宅配、配達等の業者にあらず〉 〈砲撃態勢に移行〉 〈滑空砲にペイント弾装填〉 〈ドアホンスピーカー起動。問い合わせ開始〉 〈ヴァルよりラック。迎撃配置につきました。この場で待機します〉 〈砲撃態勢、移行完了〉 〈クランよりラック。迎撃配置についた。この場で待機する〉  他の神姫との指示と報告。カメラによる外部状況確認と状況判断。そして、 対応の選択。文章にするとかなりの量になるが、時間にすると1秒にもならな い、ごく一瞬の出来事にすぎない。カメラの起動や神姫の移動時間を加味して も5秒くらいしかかかっていない。  この短時間に準備を調えると、ドアホンのスピーカーから問い合わせメッセー ジが流れ出した。 「いらっしゃいませ、ただいま主人は応対に出られません。ご用の方は、ピー、  という発信音の後に、お名前とご用件をお伝えください。おって主人から連  絡いたします。繰り返します・・・」  内部の警戒ぶりと比べれば、のどかすぎるとさえ言えるメッセージが流れ出 す。だが、ドアの前に陣取っている人物は、そのメッセージを無視して自らの 作業―鍵への細工―を続けた。  その態度をカメラごしに確認した彼女は、より強い、警告メッセージを出し にかかった。 『警告します。お名前とご用件をお伝えください。もしくはすみやかにお引き  取りください。警告に従わない場合、不法侵入者として通報します。繰り返  し、警告・・・』  これに対し、その人物は行動をもって応じた。すなわち、懐からサイレンサー 付きの拳銃を抜き出し、ドアホンのスピーカーを3発の銃弾で撃ち抜いたのだ。  この振る舞いの直後、彼女は相手を犯罪者と断定(まぁ、日本で銃を撃った のだから、当然の判断だが)、直ちに警察に通報すると同時に、この部屋にい る全ての神姫に警報と指示を出した。 〈全神姫、戦闘態勢。敵は拳銃を所持した犯罪者。全兵器使用自由〉  これを受けて、グレイドル上で充電を受けていた残りの神姫も一斉に起動。 手に手に武器を持って、迎撃位置に移動する。  これらの事を、外の人物は認識していない。だが、拳銃まで使った以上、確 実に警察に通報されていると判断していた。このため、短時間でカタがつく暴 力的手段で目的を達成する事を決断していた。つまり、拳銃でドアノブを破壊 し、部屋の中に押し入ることにしたのだ。  再び弾丸を3発撃ち込み、ドアノブを破壊。そしてドア内部の鍵機構を取り 除き、ドアを開ける。そして、何のためらいも見せずに、暗い室内へと押し入っ た。 〈攻撃開始〉  その姿を認めた彼女は、他の神姫に対し短い指示を出した。直後、全ての神 姫の持つ武器が火蓋を切った。  まずは指示を出した当の彼女が1.2ミリ滑空砲を発砲。それも、立て続け に5発。その全てが侵入者に命中し、ペイント弾の赤い花を咲かせた。  その花は咲いた直後から、強烈な刺激臭で侵入者の鼻を攻撃する。さらに自 らぼんやりと光り、侵入者の位置をあらわにする。  そこへ、他の神姫の攻撃が集中した。  天使型アーンヴァルタイプのヴァルはレーザーキャノンの出力を最低レベル にまで落とした上で、侵入者の目に向けて照射した。それは、失明するほどで はないが、暗闇に慣れた目から視力を一時的に奪うには十分な強さを持った光 だった。結果、視界が真っ白に染まった侵入者は、空いた左手で目を覆いなが らその場に立ちつくした。  そんな侵入者に、鳥型エウクランテタイプのクランは、自分の武装を合体さ せたテンペストから多数のゴム弾を撃ち込んだ。口径そのものは大きくないが、 相手に痛みを与えるには十分な威力を持っている。 「う、うわっ」  思いがけない強烈な反撃に、侵入者の口から狼狽の声が漏れる。  だが、神姫達の攻撃は続けられる。未だ部屋から出て行きもせず、拳銃も捨 てていないのだから「抵抗の意志あり」と見て攻撃するのは、彼女たちにとっ て当然の判断であった。  結局、彼女達の攻撃が止むのは、それから1分後、侵入者が気絶して倒れた 後の事だった。  なお、攻撃停止から3分後に駆けつけた警官達が見たものは、ゴム弾を無数 に浴びて青あざだらけになった愚かな侵入者と、未だ殺る気(やる気、という には剣呑すぎた)をみなぎらせる神姫達であった。  おまけ 「ずいぶんと派手にやったもんだなぁ」  警察からの連絡を受けて急ぎ帰ってきた男は、警官に見せてもらった愚かな 侵入者の写真を思い出しながら、しみじみと呟いた。 「当然です。ボク達の家に押し入ってくるような不届き者には、見敵必滅の構  えですから」  留守の指揮をとっていた砲台型フォートブラッグタイプのラックは、胸を張っ て断言した。 「・・・そうか。ま、何にしても、お前達が無事で良かったよ」  いささか物騒な物言いにちょっと間を置いたが、それでも男はそう言って彼 女の頭を指先で撫でてやった。  彼にとって、不法侵入者という犯罪者がどんな末路を迎えるかより、彼女達 の無事の方がよほど大切であったのだ。  ある意味、似合いの主従であった。  おしまい