ぱすチャC IF(もしも)な日常
「乾杯〜」
声に一歩遅れてグラス同士が軽く打ち合わせる音が部屋を満たした。続けて、
その部屋にいた5人はその中身を一気に飲み干した。
「ぷはっ、やっぱクエストを終えた後の酒は美味いよなぁ」
「ユウキ。言っている事が中年男性のそれになっていますよ」
「う・・・」
ルーシーの冷静な指摘の前に、彼は沈黙した。
薙原ユウキ、竜胆リナ、斎香・S・ファルネーゼ、ルーシー・ミンシアード、
フィル・イハートの5人から成るパーティは、クエスト完了の打ち上げを宿の
一室で始めたのだ。
この手の打ち上げで酒が出るのは、この面子にとっては既に「いつものこと」
である。最初の頃こそ飲み過ぎて二日酔いになるとか酔いつぶれて誰かが(主
にパーティ唯一の男手であるユウキが)苦労していたりしたが、全員が自分の
限度をわきまえている今ではそのようなことはない。
まぁもっとも、それでもフィルがいつもよりハイテンションになるとか、ルー
シーが何気なく説教魔になっていたりはするのが、それは打ち上げの度に発生
する事なので、今更気にするものもいなかった。
そして、今回の打ち上げでも、ハイになったフィルがユウキにしなだれかか
りながらこんな事を尋ねてきた。
「ユウキはさ、小さい時のボクと会った事覚えてるよね?」
「ああ、まぁな」
「その時からさ、ボクの事年下のオンナノコに見えてたりしない?」
「うーん、順番的には今のフィルを知った方が先だから、そういう感じはしな
いかな」
「そうなんだ」
「フィルは?」
「ボクは・・・ちょっとだけお兄ちゃんに見てるかも。やっぱり、最初に会っ
たのはあの時だし。『あの時助けてくれたお兄ちゃん』ってずっと想ってい
たんだしね」
「ふーん」
フィルの告白に、ユウキは軽く頷いた。直後、思いついた事を、フィルに提
案した。
「何だったら、『お兄ちゃん』って甘えてみるか?」
「え、いいの?」
「おう、どーんと来い」
酒が入っているからか、微妙に高いテンションで自分の胸を叩いて見せる。
その様子に、フィルは心底嬉しそうに頷いた。
「うん、それじゃ、行くね」
そして、フィルはそっとユウキの胸元にすがりついた。続けて、いつもと違
うか弱さを感じさせるか細い呟きが、その口から漏れた。
「お兄ちゃん・・・」
常日頃のあけすけな好意の表現とはあまりにかけ離れた態度に、ユウキはあ
らかじめ宣言されていたにもかかわらず反応してしまった。
「フィル・・・」
「お兄ちゃん・・・」
そこへ、ダメ押しとばかりにうるんだ瞳で上目づかいに見上げる。
「うっ・・・」
「どうしたの?」
「いや、何と言うか・・・グッと来た」
「ふ〜ん」
この答えに、フィルは表情を崩さないまま内心でガッツポーズをとっていた。
想い人を心理的によろめかせたのだから、当然だろう。
だが、ユウキを憎からず想っている他の女性陣がこの現実に不満を覚えるの
も当然だろう。
そんな不満を解消すべく、意外にも斎香が動いた。彼女はユウキを背後から
抱きしめたのだ。それもただ抱きしめたのではない。自分の豊かな胸にユウキ
の頭が来るように、だ。
「うわっ?って、セ、センパイ?」
驚いた相手の意識が自分に向いた事を認めた彼女は、柔らかい口調で彼に語
りかけた。
「駄目ですよユウキくん、妹さんによろめくなんて。人の道を踏み外してます
よ」
常日頃はしない、1つだけとはいえ年上である事を意識させる言葉使いでた
しなめる。
「え?あ、う・・・」
意外で大胆な行動と、何より後頭部に感じる柔らかい感触に、半ばパニック
状態のユウキは答えるどころかまともな反応さえ示せない。
そんな彼に、斎香はさらに追い討ちをかけた。鍛えているにも関わらず白魚
のような美しさを保っている指を彼の顎から顎下にかけて、指先を妖しく滑ら
せたのだ。
「分かりましたか?」
「ふぇ?・・・あ、うん・・・」
斎香に撫でられた感触に惚けていたユウキは、答えになっていない曖昧な答
えを返してしまう。
もっとも、斎香にとってはそれで十分であったので、それ以上の追求は行わ
なかった。代わりに顎から指を離し、その手で彼の頭をそっと撫でた。
「はい、素直ないい子は好きですよ」
先ほどの妖艶一歩手前の態度とこの子供扱いに、ものすごい気恥ずかしさを
覚えたユウキはどうにも落ち着かず視線をあちらこちらにさまよわせた。
そんな彼を余所に、フィルと斎香は互いの顔を見合わせて微笑みあった。
(さすが。上手いなぁ、斎香さん)
(フィルさんも。そういう手段もあるんですね)
目だけでそんな会話を成立させる。もっとも、視線同士がぶつかって火花を
散らすという事はない。むしろ、互いの手腕を認め、讃えている。
確かに、ユウキを巡る恋についてはライバル関係にある2人である。だが、
ライバル関係というものは、相手に対する憎悪や否定する感情によって成立す
るとは限らない。むしろ、相手を認めるからこそ成立する関係なのだ。そして、
この2人の場合、互いの窮地を助け合った間柄であるという点から、互いを認
めるばかりか好意さえ抱いているのである。
そんなフィルと斎香の間で、恋敵の間でよくある「視線がぶつかって火花が
散る」などという事はありえないのだった。
もっとも、はたから見る限り、「男を取り合う美少女2人」の図、または
「男を誘惑している美少女2人」にしか見えないのであるが。
そして、後者に解釈した幼馴染みでもあるリナが思わず叫んだ。
「ちょっ、ちょっと、2人共、何してるの!?」
思わず首をすくめたくなる大声であったか、フィルと斎香は平然と応じた。
「ボクはユウキに妹みたいに甘えてみただけだよ」
「私はユウキさんが『妹さん』に誘惑されかかったようですから、たしなめた
だけですよ」
「なるほど、参考になります」
「って、何をメモってるの、ルーシーっ!?」
何とも妙な空気の中、1人冷静なスカウトの少女にリナが再び叫んだ。この
叫びにも、ルーシーは無表情にも見える冷静さを保ったまま応じた。
「今後の参考にしようかと」
「参考って何の?」
「このパーティーに参加しているリナさんが訊きますか、それを」
「うっ」
ルーシーの突っ込みに、リナは返事に窮してしまった。この5人のパーティー
は、元同級生のナツミ・キャメロンから「ユウキとユウキを好きな娘達のパー
ティーなのさ」などと評されているパーティーである。これでは、「それを訊
きますか」と突っ込まれるのも当然だろう。
ユウキに対する心情を思い切り良く指摘されたリナは、沸き起こる羞恥心を
打ち消すため、この場における唯一の男性であるユウキに矛先を向けた。要す
るに、八つ当たりしてごまかしにかかったのだ。
「ああ、もう!ユウキ!抱き付かれていつまでもデレデレしない!鼻の下のば
さない!さっさと離れなさーい!」
一気にまくしたてると、未だに惚けて動けずにいる彼を、フィルと斎香の間
から引っこ抜くと、自分の方に引き寄せた。
「もう、リナってば相変わらず乱暴だなぁ」
「いえ、あれがリナさん流なのかもしれませんよ、フィルさん」
「どーしてそうなるんですか、斎香さん!?」
またまた叫ぶリナに、斎香はむしろ不思議なものを見たかのように目を丸く
して指摘した。
「あの、それはユウキさんとリナさんご自身の状態を知った上でおっしゃって
いるんですか?」
「へ?」
そう言われて、リナは自分体に視線を落し・・・直後、石になった。
彼女はユウキを抱きしめていた。それも所有権を主張するかのようにしっか
りと。もっとも、それだけなら、まだ何とかなったかもしれない。だが、抱き
しめるために彼の頭にも手を回していたため、斎香に負けるものの十分に大き
い部類に入る彼女の胸に、彼の顔を押しつける形になっていたのだ。
石になったリナは、そのままの姿勢で全身を羞恥で赤く染め上げる。と、同
時にその手がぷるぷると震えながらユウキから離れる。
(あ、爆発5秒前)
その動きを見たリナ以外の女性陣がそう判断した時、ユウキは未だ惚けてお
り、その危険に気づいていなかった。まぁ、気づいたとしても、動ける状況で
はなかったが。
そしてきっかり5秒後、リナは爆発した。
「ユ、ユウキのスケベ〜〜〜!!」
ドゴッ!!
非常にいい音と共に、リナの左が打ち下ろされた。
(な、何で?)
主観的には、女性陣に誘惑されまくった挙げ句にぶん殴られるという、非常
に理不尽な事態に、ユウキはそう思ったそうな。
収拾つかないので、ひとまず終わり
後書き
松です。「ぱすチャC IF(もしも)な日常」をお届けします。
ぱすてるチャイムContinueで書いた初めてのSSです。
#つーか、ぱすチャCでSS書くなんて思ってもみませんでしたが;
もっとも、たまたま思いついたネタを書いただけで、これからもぱすチャC
でSSを書くという予定はありません。少女義経伝もありますしね;
元ネタとしては、ぱすチャC++同封のドラマCD「IF(もしも)な卒業
旅行」のパーティー設定を元に、書きました。
冒頭のフィルの「お兄ちゃん」ネタは、ぱすチャC本編のフィルイベントか
らの流用です。ほぼこんな感じの会話が展開するイベントがあります。
なお、本編設定と矛盾している部分がありますが、流していただければ幸い
です。
書きたかったのは、フィルの「お兄ちゃん」と斎香の「ユウキくん」攻撃で
すから。
それでは、こんなところで。
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松
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