戦の後の宴
NEUE(ノイエ)世界の支配を目論んだヴェレルを打ち倒したその日、ル
クシオール艦内では祝勝パーティーが開かれた。
料理学校一般部門主席卒業であるランティの豪華料理と、料理学校の菓子部
門主席卒業であるカズヤのフルーツケーキが並ぶ祝勝パーティーは、料理の美
味さと、旧知の間柄の人の多さに比例するかのようににぎわっていた。
「ふう」
そんな中、何とか人の輪から抜け出したカズヤは、大きく息をついて、手近
な椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。
何しろ「時空の女神救出作戦」発動から、彼はクロノゲートの強制開放、セ
ントラルグロウブ周辺宙域で4度にわたる激戦を休みなしでこなしていた。し
かも、戦闘終了直後にも司令官タクトの奸計によって祝勝パーティーのデザー
トを作る羽目になったのだ(桜葉姉妹の助けがあったのがせめてもの救いであ
った)。
これでは、疲労のあまり座り込んでしまっても無理はない。
(これでようやく一休み・・・)
そんな事を思いながら、大きくのびをしていると、横手から呼びかけられた。
「カズヤさん、隣、いいですか?」
「もちろん!さあ、どうぞ、リコ」
そう言って、カズヤは自分の恋人であるリコことアプリコット・桜葉のため
に椅子を引いた。
「ありがとうございます、カズヤさん」
そうお礼を言うと、アプリコットは海鮮炒飯を盛りつけた皿と、ジュースの
コップ2つをテーブルに置きながら座った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまま、2人とも何とはなしに黙りこんだ。別に気まずいわけではない。
ただ、互いの間に生まれた穏やかな雰囲気をしばらく楽しみたかっただけであ
る。だが、世の中というものは、十代の少年少女にそのような楽しみを許さな
いものであるらしい。腹の虫が鳴く音が、この雰囲気を吹き飛ばしてしまった。
発生源はカズヤの腹。
「あ、あはは・・・」
気まずさを誤魔化すように、若干引きつった笑いを漏らす。そんな彼の様子
に、アプリコットもつられてクスッと笑う。
「カズヤさん、よろしければ、この炒飯、食べませんか?」
「え?いいの?」
「はい、そのつもりで持ってきたんです」
笑顔で頷くとアプリコットは炒飯の皿を差し出した。
「うわぁ、リコ、ありがとう。いっただきま〜す!」
嬉しそうに言うと、彼はひとさじすくって口に運び、何度も咀嚼したから、
飲み込んだ。
その直後、先程よりよほど小さい腹の虫が鳴く音が鳴った。今度の発生源は
アプリコットのお腹であった。
「あ、あははは・・・っ」
カズヤ同様に笑うしかないという笑いで誤魔化そうとするアプリコット。そ
んな彼女にカズヤは「お腹すいているの?」などと訊くような馬鹿な真似はし
なかった。自分と同じようにクロノゲートを開放し、その後の連戦をこなした
以上、空腹になるのは当然だからだ。
だから、彼は代わりに行動を起こした。炒飯をひとさじすくって、彼女の方
に差し出したのだ。
「え?」
「リコも食べなよ。おいしいよ」
彼の行動の意味が分からず目を丸くしていたアプリコットに、彼はあっさり
と言ってのけた。
「え?ええっ!?」
ある意味ご無体な提案に、彼女は赤面しながら驚いた。まさか、カズヤがそ
ういう事を言うとは思っていなかったのだ。
それでも、何とか驚きから立ち直ると、慌て気味に断りにかかった。
「そ、そんな、カズヤさんの分を食べるなんて・・・わ、私、取ってきますか
ら」
そう言って腰を浮かせようとしたが、カズヤはやんわりと制した。
「取りに行くって言っても・・・あっちに行ったら、また誰かにつかまって戻
るの大変なんじゃ?」
「あ・・・」
カズヤの言うとおりであった。どういうわけか(と思っているのは当人達だ
けだが)この祝勝パーティーが始まってからというもの、彼らは次から次へと
話しかけられ、食べることはおろか飲むことさえままならない状態が続いてい
たのだ。
そんな状態から何とか逃げ出してきたというのに、舞い戻るのは「捕まえて
ください」と言っているようなものだ。
「あうあう・・・」
あまりにあっさりと退路を断たれ、アプリコットは意味を成さない言葉を漏
らす事しか出来なかった。そんな彼女に、カズヤは他意のない笑顔で、スプー
ンをさらに近づける。
「ボクの分なら心配しなくてもいいから、はい、あーんして」
「あ、あーん・・・」
逃げることも断ることも出来ない、と悟ったアプリコットは、ものすごく恥
ずかしかったがカズヤに合わせて口を開けた。
パクッ
「どう?おいしいでしょ?」
悪意も他意も無い笑顔で問うてくるカズヤに、彼女は何も答える事が出来な
い。恥ずかしさが先に立って、味もろくに感じなかったからだ。
「えう・・・」
再び意味を成さない言葉を漏らすアプリコット。
彼女は、理解したのだ。祝勝パーティーのためのケーキ作りの時、姉妹2人
がかりで「味見」と称してカズヤにクリームやらドライフルーツやらを食べさ
せた時、彼がやたらと困惑の色を見せたのかを。
恥ずかしいのだ。好きな相手に食べさせてもらう、という行為をされるのが
非常に恥ずかしいのだ。誰かに見られている、見られていないとかに関係なく、
恥ずかしいのだ。
ようやくその時の彼の心情を理解したアプリコットだった。もっとも・・・
(ごめんなさい、カズヤさん。恥ずかしかったと思います。でも、またやると
思います)
反省しつつも、「食べさせる」楽しみも知っている彼女は、そんな風にも思っ
ていた。同時に、もう1つある今の恥ずかしさの原因を、指摘しにかかった。
「あ、あの・・・」
「何?リコ、どうかしたの?」
気づいていないカズヤは、不思議そうに自分の恋人を見つめた。そんな彼に、
彼女は耳まで赤くしながら、か細い声を絞り出す。
「そのスプーン、さっきカズヤさんが炒飯を食べるのにお使いになったんです
よね?」
「そうだけど?」
「その、同じスプーンで、さっき私に食べさせてくれたんですよね」
「うん・・・」
「そ、その、か、間接キスになりませんか・・・!?」
「え?あ・・・!」
言われて認識してしまったカズヤは、ちょうど炒飯をすくったところで、硬
直してしまった。みるみる内にアプリコット同様に顔が赤くなる。
「あ、え、いや、それは・・・」
何か意味のある事を言わなくては、と思うカズヤなのだが、そうすると医務
室での一件を思い出してしまい、ますます思考が空回りしてしまうのだ。
そんな理由で微妙な空気と共に黙り込んでしまった2人に、軽い揶揄を込め
た声がかけられた。
「こらこらそこの若人たち。なーにを2人でお見合いしているんだい?」
「フォ、フォルテ教官!?」
「まーったく、見ているこっちが呆れちゃうわよ」
「蘭花さんも・・・」
突然の声に驚いて、反射的に仰け反った2人が振り返ると、そこには元ムー
ンエンジェル隊のフォルテ・シュトーレンと蘭花・フランボワーズの2人がニ
ヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「お2人だけではありません・・・」
「私たちも、ちゃーんといますわよ」
さらに、いつもの冷静な(カズヤが評するところの神秘的な)表情を湛える
ヴァニラ・H(アッシュ)と、かなり小悪魔風味が効いた笑みを浮かべるミン
ト・ブラマンシュ。そして・・・
「すごいね〜、リコ。あたし、びっくりしちゃった」
驚きと喜び、双方を混ぜた笑顔のミルフィーユ・桜葉もいた。
「お、お姉ちゃん・・・」
「リコさん、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよ。男性恐怖症がここ
まで良くなったという、証明なんですから」
さらに顔を赤くして小さくなるアプリコットに、烏丸ちとせが端麗な顔に相
手を落ち着かせる微笑みを浮かべて、そう言った。
「烏丸先輩まで・・・」
ピクッ
(あれ?今、烏丸先輩の眉がちょっと上がったような・・・)
一瞬だから、目の錯覚かな?ともカズヤは思った。
だが、そんな事にこだわる時間も、彼には与えられなかった。アプリコット
がしごくもっともな疑問を投げかけたからだ。
「皆さん、どうしてここに?」
「いやぁ、あたしらもあんたたちと同じさ。落ち着いて飲めないわ食えないわ
で、避難して来たのさ」
「そしたら、先に逃げてきたアンタたちが見えたから、ついでにご一緒しちゃ
おうと思ったわけよ」
フォルテが酒瓶(ワイン、ブランデー、ウォッカ等複数)を、蘭花が料理を
盛りつけた大皿を、それぞれ示しながら彼女の疑問に答える。よく見ると、全
員、なにがしかの皿やら食器やらコップやらを持っている。見事なまでの抜け
目なさである。
「そういうわけだから、相席、よろしくね」
「あ、はい、どうぞ」
ミルフィーユのあっけらかんとした宣言に、カズヤは反射的に頷いた。無論、
アプリコットはミルフィーユを自分の隣に誘導するほど積極的に迎え入れたの
は言うまでもない。
かくして、ムーンエンジェル隊の一同は持ってきた物をテーブルに並べて、
席を確保した。ちなみに、カズヤから時計回りに席順を記すと、以下の通りに
なる。
カズヤ、ちとせ、ヴァニラ、ミント、蘭花、フォルテ、ミルフィーユ、アプ
リコット。
(な、何か、裁判にかけられているような気が・・・)
この席順、平たく言うとカズヤとアプリコットがムーンエンジェル隊一同に
囲まれるような形になっている。いや、2人が並んで座っている以上、囲まれ
る形になるのは必然なのだが、ちょうどカズヤの対面に座るフォルテと蘭花の
雰囲気が、どこか問題を追求する裁判官じみていたために、そう思ったのだ。
「さて、それじゃあ、ミルフィーの無事と、事件解決を祝って乾杯といこうか」
だが、フォルテはそんな彼の不安を吹き飛ばすように明るく宣言する。それ
を受けて、その場の全員が手にしたコップ(言うまでもなく、中身はバラバラ)
を掲げた。
『乾杯!』
唱和すると同時にコップを近くの人と軽く打ち合せる。
「っくぁー。いやぁ、いい酒だねぇ。いい肴もあるし、申し分ないね」
そう語るフォルテは、意味ありげにカズヤとアプリコットを見やる。その視
線に気づいたカズヤは、話題をすり替えようとした。
「そうですね。ランティの料理の腕は一流ですから、飲み物にひけを取らない
味ですよね」
「カズヤ」
どことなく必死な雰囲気を感じさせる彼に、フォルテがニンマリとした笑み
を浮かべながら言葉だけで迫った。
「何を言っているのか分かっているのにトボけるんなら、もっと上手くやるん
だね。それじゃ、あたしたちは誤魔化せないよ」
「な、何の事でしょう、教官?」
「『肴』が何の事か、分かってるんだろ?ん?」
「い、いやぁ、何の事だかサッパリ・・・ねぇ、リコ?」
突然話を振られたアプリコットは、一瞬驚きながらもすぐに気を利かせて、
彼に話を合わせた。
「え?ええ、私も、カズヤさん同様、てっきりお料理の事だとばっかり・・・」
だが、この発言は大きな失策だった。この発言に、すかさず蘭花が食いつい
てきたのだ。
「それよ」
「は?」
「あたしたちが以前会った時には『シラナミさん』だったのに、何時の間に、
どんな経緯で『カズヤさん』になったのよ?」
「え、う・・・」
ニヤニヤとした笑みをたたえた蘭花の指摘に、アプリコットは言葉に詰まっ
た。カズヤと相思相愛の仲であることを認める事に、今さら抵抗はない。だが、
その経緯を話すのは・・・色々な意味での自分の恥をさらす事になりそうで、
出来る限り遠慮したかったのだ。だが、どう言えば蘭花(さらに言えば元ムー
ンエンジェル隊の面々)の追求を断念させられるか、彼女には見当がつかなかっ
たのだ。
そんな彼女に取って代わったのはカズヤであった。
「いやぁ、それは・・・まぁ、いいじゃないですか。ボクとリコがそーゆー仲
だっていう事は認めているんですから」
若干引きつった笑顔が張り付いてしまったカズヤは、そう言って追求の矛先
を逸らそうとした。だが、その思いは彼の恩師によって木っ端みじんに砕かれ
てしまった。
「いやいや、今後の事もあるからねぇ。あらぬ誤解がないようにするためにも、
その辺も詳しく聞いておかないと」
それはもうイイ笑顔のフォルテが、実に楽しげに言い切る。そんな彼女の態
度に、もはやカズヤは呻く事しか出来なかった。
「きょ、教官・・・」
「ほらほら、大人しく、ぜ〜んぶ話しちゃいなさいよ。そうすれば楽になるわ
よ」
「い、いや、ですからそれは・・・」
心底楽しそうな蘭花の追求に、カズヤは何とかとぼけようとするも、その努
力もミントの横やりによりあっけなく崩壊した。
「あ、あらあら、カズヤさんもリコさんも、そんな人には言えないような事を
・・・」
非常にとんでもないこの発言に、カズヤは息を妙な詰まらせ方をして咳き込
む羽目になった。
「ぐっ、けほっ、ミ、ミントさん!?も、もしかして、ボクたちの心を読んだ
んですか!?」
「プ、プライバシーの侵害ですっ!」
さすがにアプリコットも黙っていられずに叫んだが、言い出したミントは落
ち着いたものだった。
「あら、私はそんな事していませんわ。ただ、お2人がそんなに誤魔化そうと
するものですから、そういう事があったのでは、と予想してみただけですわ」
『え?』
しれっとした言いぐさに、カズヤとアプリコットは同時に同じ反応を返して
しまった。そこへ、ミントはトドメと言うべき追い打ちをかけた。
「ですが、その反応ですと、本当に何かあったようですわね」
「うぐっ」
ミントがテレパスであることを逆手にとったカマかけに、見事引っかかって
しまった事を悟ったカズヤが言葉に詰まった。それまで沈黙を保っていたヴァ
ニラもいつもの口調で呟く事で、さらなる追撃をかける。
「・・・疑惑の2人」
そこへ、ヴァニラの娘(言うまでもなく義理の、だが)ナノナノ・プティン
グが彼女の横にヒョコッと姿を現した。
「ママー、誰と誰が疑惑なのだ?」
「ナノナノ・・・」
どのように説明しようかとヴァニラが考え込んだ一瞬の隙をついて、フォル
テがすかさず情報を引き出しにかかった。
「ナノナノ、良いところに来たね」
「ふえ?先生、どういうことなのだ?」
精神年齢相応の幼い外見のナノナノは、非常に楽しそうなフォルテの声に、
きょとんと小首をかしげた。
「何、訊きたい事があってね。ちょっといいかい?」
「はいなのだ!」
「そんなにかしこまる事はないよ。あの2人の事なんだから」
「カズヤとリコたんの?」
フォルテが親指で指し示した方を向きつつ、ナノナノはその名前を口にする。
「ああ、あの2人、いつの間にか付き合いだして、リコなんか呼び方が『カズ
ヤさん』に変わっているだろ?」
顔をナノナノの耳飾りをしていない方の耳に寄せ、カズヤとアプリコットに
聞こえる声量でわざとらしくささやく。
「何がきっかけでそうなったのか、気になってねぇ。ナノナノは何か知らない
かい?」
「うーん・・・」
腕を組んで記憶をたどり始めた彼女に、今度は蘭花が話しかけた。
「そんなに難しく考えなくてもいいわよ。そうね、ホッコリーでの休暇から、
アタシたちがミルフィーを助けに行くちょっと前くらいの間で、ナノナノが
あの2人を見て『あやしー』って思った事でいいから」
「あっ、それならあるのだ」
ポンと手の平を拳で叩くと、ナノナノは表情を一変させて話し始めた。その
内容に心当たりのありすぎるカズヤとアプリコットは、当然ながら止めようと
声を上げた。いや、上げようとした。
「ナノナ・・・ふぐっ」
「ナノちゃん、だ・・・もごっ」
だがその声は、それぞれの隣にいた人−カズヤはちとせ、アプリコットはミ
ルフィーユ−の手により、遮られた。要するに、口を手で塞がれたのだ。
(お、お姉ちゃん!?)
姉の思いがけない行動に、アプリコットは驚きの視線を彼女に向ける。する
と、ミルフィーユは申し訳なさそうな笑みを浮かべて、それでもはっきりと伝
えた。
「ごめんねー、リコ。でも、姉として、妹に何があったかはやっぱり気になる
し」
(お願いだから、気にしないで〜)
内心、滂沱の涙を流すアプリコットの隣では、カズヤが目を白黒させていた。
「もごもごもご(訳:か、烏丸先輩!?)」
「申し訳ありませんが、ああなった先輩方は止めようがありません。諦めた方
がいいですよ」
あまり救いにならない説得である。
そんな事をしている間にも、ナノナノによる暴露は始まってしまっていた。
「えーっと・・・あれはナノナノたちがクロノゲートの側で戦う直前の事なの
だ。先生を迎えに行ったカズヤとリコたんの乗ったシャトルが事故を起こし
て、リコたんをかばったカズヤが大怪我をして手術を受ける事になったのだ」
「それで?」
「それで手術が終わったカズヤが目を覚ました、ってモルデン先生から聞いた
のだ。ナノナノは、お見舞いしようと思って医務室に行ったのだ」
「ふんふん」
フォルテに続いて、蘭花が相づちを打って先を促す。テーブルの向かい側で
は、相変わらず口を塞がれたアプリコットがナノナノを止めようと何やら言っ
ていたが、モゴモゴというくぐもった音にしかならないのではどうにもならな
い。無論、ナノナノの話も止まらない。
「それで、医務室に行ったら・・・」
「・・・行ったら?」
「なぜか、カズヤとリコたんがベッドの側で転んでいたのだ」
ヴァニラに促され、ナノナノは決定的な発言をした。
「何があったのかナノナノが聞いても、リコたんもカズヤも答えないで、2人
とも慌てて医務室を出て行ったのだ。あやしかったのだ」
「へー」
「ほー」
「・・・そういう事でしたか」
意味深な声と共に意味深な流し目をよこす蘭花とフォルテ。続けて、ヴァニ
ラが何やら理解(または誤解)をしたらしく、深く頷きながら呟く。そして、
ミントが白い耳−正体は寄生生命体であるテレパスファー−を嬉しそうにパタ
つかせつつ、満面の笑みと共に2人を見つめる。
「あらあら、お2人共、本当に人には言えないような事をなさっていたんです
ね」
「ご、誤解です!」
「私たちはそんな事していません!!」
ようやく解放されたカズヤとアプリコットは口々に反論するが、フォルテの
正論が容赦なく襲いかかってきた。
「それなら、さっさと洗いざらい話したらどうなんだい、ん?」
『うっ』
この正論の前に、2人はあっけなく言葉に詰まってしまった。
確かに、ミントの疑いを晴らす一番良い方法は、さっさと話してしまうこと
である。だが、他人に言えないような後ろめたい事はしていなくとも、他人に
言えないような恥ずかしい事ならしている2人としては、話すわけにもいかな
いのだ。
そんな理由でまたまた沈黙する2人を見て、今度はちとせが追及を開始した。
「カズヤさん、本当にそんな事はしていないんですね?事と次第によっては、
立派に犯罪ですよ」
「ええっ?は、犯罪って・・・」
厳しい表情で問いただしたちとせに、カズヤが驚いて体を仰け反らせた。そ
こへミルフィーユがある意味無邪気に口を挟んだ。
「そうだねー、リコってまだ14だから、内容しだいで犯罪になっちゃうよね」
「お、お姉ちゃん!?」
突然の犯罪者扱いに、アプリコットも驚きの声を上げる。そして、蘭花がト
ドメの一撃を投げかけた。
「ま、何にしても。カズヤ、アンタちゃんと責任取りなさいよ」
「え、ええっ!?」
「あの、責任って・・・」
絶句するカズヤに、思わず反問してしまうアプリコット。だが、「犯罪」だ
の「14歳」だの「責任取れ」だののキーワードが並べば、何を言いたいのか
理解するのは時間の問題でしかない。そして、理解した瞬間、2人は一気に顔
を真っ赤にしてしまう。直後、立ち上がったアプリコットが叫んだ。
「ななな、何を考えているんですか!?」
だが、叫ばれた蘭花はどこ吹く風とばかりに平然と切り返す。
「あら〜、違うの〜?」
「違うに決まっているじゃありませんか!私は、そこまでいい加減な女じゃあ
りません!」
「それじゃ、2人きりの医務室で何してたのよ?」
「したのは添い寝とキスだけです!そんな犯罪だの責任だのなんて事は全くあ
りません!!」
心の底から、アプリコットは訴えた。
だが、これこそが、蘭花だけでなく、この場にいた一同の望んだ答えであっ
たのだ。
「ほっほー、添い寝とキスねぇ・・・」
「おやおや、触っただけでも駄目だった娘が、えらく大胆になったもんだ」
蘭花がニヤニヤと笑いながら言えば、フォルテはわざとらしく目をみはると、
感心した風情で頷いた。
「あ、う・・・」
2人のリアクションに、アプリコットは自分がまんまと罠にはまった事を悟っ
た。同時に冷静さが戻り、そして勢いとは言え、医務室での一件を話してしまっ
た恥ずかしさが一気に押し寄せ、耳まで赤くなったかと思うと、そのまま座り
込んで頭を抱えてしまった。
「え、えーっと・・・」
恋人であるアプリコットのためにも、何か言わねばと思うカズヤはしばしの
間を置いて、ようやく逃げの言葉を紡ぎ出した。
「と、とにかく!教官や蘭花さんが知りたい事は全部分かりましたよね?だか
ら、この話はこれで終わりにしましょう。話を変えましょう!」
「うーん、どうしたもんだろうねぇ、蘭花」
どこか人の悪い笑みを浮かべたフォルテは、そう話しかけた。
「そうですねー」
蘭花も同じ種類の笑みを浮かべ、微妙に視線をカズヤの後ろにずらした。
「アタシたちより、彼の後ろの人に聞いた方がいいんじゃないですかー?」
「へ?後ろ?」
カズヤがそう言って振り返るよりも早く、彼の両肩それぞれを鷲掴みにする
手が出現した。
「聞くまでもないぜ、ネエさん。当然、オレも聞きたいからな」
「無論だな。私としても、どういう事情なのか詳しく聞きたい」
ルーンエンジェル隊のアニス・アジートとリリィ・C・シャーベットの2人
が、口々にそう主張した。
「ふ、2人ともいつの間に!?」
慌てて振り返りつつ腰を浮かせようとしたが、2人の手がそれを力ずくで押
しとどめた。
(こ、これって問答無用って事ですか?)
彼女達の行動に、内心でだけ突っ込むカズヤ。声に出さなかったのは、何と
なく言うだけ無駄に思えたからだ。その考えが正しい事を証明するかのように、
ルーンエンジェル隊の残り1人が、彼の頭に手を乗せると楽しげに伝えた。
「まぁ、大人しく答える事ね。黙秘権も弁護士を呼ぶ権利もあんたにはないん
だから」
「ボクは犯罪者以下!?っていうか、いつの間にテキーラに!?」
「こんなお祝いの場に、お酒が出ないわけないでしょう?カルーアが入れ替わ
るために、一杯飲んだのよ」
カズヤの抗議と驚きの叫びに、アルコールによりカルーア・マジョラムと入
れ替わったテキーラ・マジョラムが表情同様に艶を含んだ声音で当然とばかり
に答える。そして、彼女は彼の耳に顔を寄せると、からかいを含んだ口調での
たもうた。
「隊長権限利用して、リコに添い寝をさせるなんて、なかなかヤルわねぇ」
「テ、テキーラ!そんなわけないだろう!!」
「あらー、じゃ、どうして桜葉が添い寝なんてしたのよ。男性恐怖症のこの娘
が、自発的にやるとは思えないんだけど?」
もっともな指摘に、もはや何度目か数える気にもならないがカズヤは言葉に
詰まった。それでも、この短期間の連続した攻勢で多少は耐性がついたのだろ
う。すかさず立ち直ると、逃げの手を打った。
「ま、まぁ、それはその場の雰囲気といいますか、流れというか・・・」
「おい、リコ。こいつ、こんな事言ってるぜ。いいのか?」
そこへ、アニスがアプリコットを巻き込んで茶々を入れる。しかし、これは
不発に終わった。うつむいたままのアプリコットも、完全に否定はしなかった
のだ。
「いえ、その・・・雰囲気があったのは確かですし・・・」
恥ずかしさが残っているからか、か細い声でそう主張する。カズヤが話題を
変えるきっかけになれば、という配慮からだ。そして、カズヤは彼女の気配り
を無にしないためにも、無理矢理に逃げにかかった。
「そ、そういうわけですから、この話題はもういいでしょう?ボクもリコもあ
る程度は認めているんですから」
「あーら、そうやって逃げてもいいけど、それじゃあっちにいる連中に捕まっ
てもう一回恥ずかしい思いをするのがオチよ」
「あっち?」
テキーラの言葉につられて、彼女の指し示す方向を見ると、そこには、タク
ト・マイヤーズ以下、ルクシオール、エルシオール両艦の主立った乗組員がず
らりと待ちかまえていた。
「うげ・・・どうして・・・」
「このような場であれだけ大声を出せば、注目されて当然というものだ」
仰け反るカズヤに、リリィが唯一無二の真理でも語るかのように断言した。
その言葉に思わず頭を抱えながらも、カズヤはタクトらの方を観察する。
ルクシオール艦長兼司令のタクトは、楽しそうに笑いながらこちらをじっと
見ていた。ただ、浮かべている笑いが、どう見ても戦闘終了直後にケーキ作り
を命じた時と同じもので、それが彼の欲求を如実に示していた。隣にいるココ
はと言えば、いつもの穏やかかつ暖かな微笑みを浮かべていた。だが、何故か
そのスカートの裾から、鏃のような先端を持つ細くて黒い尻尾が踊っている図
が、カズヤの脳裏に浮かんで離れなかった。彼女の隣には親友にしてエルシオ
ールの通信担当のアルモが、興味津々といった風情でこちらを見ていた。さら
にその側に、エルシオール艦長レスター・クールダラスがいたのだが、こちら
は呆れたような表情でカズヤの方を見ていた。カズヤと目が合うと、「諦めろ」
とでも言うかのように、腕を組んだまま器用に肩をすくめて見せた。
「うーーー・・・」
「どうするぅ?このままアタシたちに捕まり続けるか、それともマイヤーズた
ちのオモチャになりに行くか、アンタの好きな方を選びなさいな」
「うーーー・・・」
テキーラの言葉に、もはや呻くしか出来ないカズヤだった。
ちなみに、結局彼はこのままエンジェル達に捕まる事を選択した。まぁ、ア
プリコットの姉であるミルフィーユと真面目なちとせが適度にブレーキをかけ
てくれるのではないか、と期待したのだ。
もっとも、その期待は甘かった。ミルフィーユもちとせも、アプリコット相
手の追及にはブレーキをかけたのだが、カズヤ相手の追及は野放しにしたのだ。
いや、むしろ積極的に追及した、と言ってもいい。おかげで、添い寝の件を徹
底的に追及されたカズヤは精神的に追い詰められ、周囲の動きに注意を払う余
裕がなくなってしまう。
そのために、自分のジュースのコップがアニスによって酒の入ったコップ
(無論、フォルテが用意し、エンジェル達の手を経由してアニスに渡ったもの)
にすり替えられた事に気付かず、それを一気に飲み干してしまい、見事にひっ
くり返る羽目になった。
まぁおかげで、2人の間にあった事に関しての追及はこれでお開きとなった。
ある意味において、カズヤは身を挺してアプリコットをかばったのだ、と言え
る。
ところで、追及が終わった以上、当然ながら別の話題に移行したのだが・・・
気絶したカズヤを介抱するアプリコットに対する「恋愛講座」になってしまっ
た。主に蘭花が主導したこの話題で、アプリコットが何を吹き込まれたかは・・・
まぁ、それを聞いたアプリコットが再び顔を赤くしてうつむいてしまった事で
大まかに察する事が出来るであろう。
何にせよ、そそのかされたアプリコットの行動とそれによる騒ぎは、別の話
である。
終わり
後書き
松です。「戦の後の宴」をお届けします。
ギャラクシーエンジェル2では、初めてのSSです(掲示板での落書きなら
いくつかありますが;)。
基本的には、アプリコットED後、祝勝会に乗じてその馴れ初めをダシにか
らかう一同、という展開です。
GA2のSSと言いつつ、ムーンエンジェル隊の面々が出張っているのは、
まぁED直後だから、という事で流して頂ければ幸いです。
それでは、こんなところで。
感想、ご意見などは掲示板か、メールフォームへどうぞ
松
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