松です。GAU&TデュエットCDを聞いて思いついたネタの1つです。
もっとも、GAU本編をクリアした今、この手のネタは使いづらいのですが;
#この話も、形を変えて再発表する事になるかと・・・
ま、ネタと思ってください。
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名前を呼んで
元ムーンエンジル隊の烏丸ちとせには、ちょっとした不満がある。
それは、エンジェル隊初の男性隊員であるカズヤ・シラナミが彼女の事を
「烏丸先輩」と姓の方で呼ぶことである。
彼女にしてみれば、新旧の違いこそあれ、同じエンジェル隊なのだから、そ
の流儀に従って名前を、つまり『ちとせ』と呼んでほしいのだ。
・・・まぁ、内心の一部には「ミルフィー先輩やフォルテ先輩は名前で呼ぶ
のに、どうして私だけ姓で呼ぶんですか!?」という八つ当たりというか嫉妬
というか、とにかくそういう感情が存在するのも確かではあるが。
これは、そんなちとせの不満が解決するまでの顛末の記録である。
「さて、と・・・あとは運ぶだけ、っと」
その日、カズヤはショートケーキを作っていた。アプリコットから、「ちと
せさんの歓待用に、ケーキを1ホール作ってもらえませんか」と頼まれたから
だ。
元パティシエであるカズヤにしてみれば、久しぶりの本業であり、それ拒む
理由はどこにもない。むしろ張り切って作っているのだが、1つだけ引っかか
ることがあった。それは
(烏丸先輩、どうしてルクシオールに来たんだろう?)
という疑問である。
ちとせは現在、セルダールの軍事顧問という任に就いている。ルクシオール
に来てはいけない、という任務ではないが、来る必要がある任務でもない。そ
れなのにわざわざ訪ねてきたということは、セルダールに何かあったのか?な
どと心配するカズヤであった。
もっとも、そんな心配も大して長続きはしなかった。何故なら、当の本人で
あるちとせ自身が、彼の元を訪ねてきたからだ。
だが、そのことによって、今度は驚く羽目にはなった。というのも、彼女は
開口一番にこんな事を言ったのだ。
「ケーキ作りを手伝わせてください」
発言者の歓待のためにケーキを作っている人間が、こんな事を聞かされては
驚いて当然である。さらに言えば、呆然となるのも当然の事だろう。だが、こ
のタイミングでこの反応は最悪であった。何故なら、ちとせはそれを狙って言っ
ていたのだから。
(今の内に・・・)
呆然となっているカズヤを余所に、ちとせは素早くドアのロックをかけてし
まう。そこでようやく彼が我に返った。
「か、烏丸先輩、その・・・お気持ちは嬉しいですけど、もう完成しています
し、それに主賓の方に手伝っていただくのは・・・」
彼女の意図が全く分からない彼は、とりあえず常識論を持ち出してみた。ど
んなものでもいいから、何か反応を返そうと考えたからだ。だがそれも、結局
はちとせの思うつぼであったのだが。
「カズヤさん」
ため息混じりに、ちとせは相手の名を呼ぶ。その声に、わずかな険を感じ取っ
たカズヤは無意識に一歩後ずさった。
「な、何でしょうか?」
「以前にも言いませんでしたか?私の事は『ちとせ』で結構ですよ、と」
そう言いながら、彼女はカズヤのすぐ側まで間合いを詰める。
「いいい、いえですが、やっぱり失礼ではないかと・・・」
どもりながらも、カズヤは言い訳を試みる。同時に、急接近してくるちとせ
の気配に押されるように、さらに後ずさる。
「あら?私が訊いたところですと、カズヤさんはムーンエンジェル隊の他の皆
さんは名前で呼んでらっしゃるそうですね。ミルフィーユ先輩にいたっては、
愛称である『ミルフィー』の方で呼んでらっしゃるとか」
カズヤの反論を効果的に粉砕すると、ちとせはさらに前へ出る。
「うっ・・・」
唯一の言い訳を粉砕されたカズヤはさらに下がる。だが、ちとせが何時まで
も彼の逃げを許す訳がない。
「なのに」
じりっ・・・
トンッ
「あっ!?」
ちとせの声に押されてさらに一歩下がったカズヤは、背中から壁にぶつかって
しまい、小さく声をあげた。
「どうして」
すかさず迫ったちとせは、彼が壁沿いに逃げないように、頭を挟み込む形で
両手を壁についた。
「私の事は、『烏丸』なんですか?」
言うと同時に、下からのぞき込むように顔をずいっと近づけた。
「う・・・」
物理的にも論理的にも逃げ道を断たれたカズヤは、「綺麗な女(ひと)」で
あるちとせのアップの前に言葉を詰まらせた。
ちなみに、彼がミルフィーユの事を「ミルフィーさん」と呼ぶのは、妹アプ
リコットや夫であるタクトら、彼女と親しい人々の呼び方がうつっただけに過
ぎない。
だが、そう主張したところで、ちとせが納得するとも思えない彼としては、
ただただ意味をなさない言葉を口の中で呟くことしか出来なかった。
その態度を拒絶の表れと解釈したちとせは、悲しげに目を伏せるとポツリと
漏らした。
「そんなに・・・嫌ですか?」
「え?いや、その・・・」
この反応に、カズヤは別の意味で慌てた。別に「烏丸先輩」と呼ばなくては
ならない義務があるわけでもなく、「ちとせ先輩」と呼ぶことに嫌悪感がある
わけでもない。あえて言えば、今さら名前で呼ぶのは気恥ずかしい、という程
度だ。ましてや、ちとせを傷つける気など毛頭ない。それなのに、こんな風に
悲し気に言われては、質、量、共に豊富な良心が思い切り痛む。
(そんなに、気にしていたんだ・・・)
カズヤは覚悟を決めた。気恥ずかしかろうが、はたからは無礼に見えようと、
名前を呼ぼう、と。
「わ、分かりました。これからは名前でお呼びします。だから、そんな悲しそ
うにしないでください」
そこまで言って、カズヤは再び固まった。いくら覚悟を決めようと、気恥ず
かしさが消えるわけではないのだ。だが、これ以上彼女を悲しませたくない彼
は、深呼吸して勢いをつけると、言葉を無理矢理絞り出した。
「ち、ちとせ、せ、せん、ぱい」
うわずり、つかえながらではあったものの、「ちとせ」と名前で呼んでくれ
たという事実に、彼女は大いに満足したらしい。無言でカズヤに抱きつくと、
その耳元にささやいた。
「はい、良く出来ました」
「え?」
その行動と口調に、カズヤはある疑念が浮かび上がった。この行動も口調も、
イタズラ好きな誰かさんが引っかけに成功した時のものとそっくりであったの
だ。
「あ、あの、もしかして・・・」
「ごめんなさい。ちょっとズルしました」
そう言って、ちとせはカズヤから少しだけ身体を離した。満面の笑みを浮か
べた彼女は、ごく至近距離から彼を見つめた。
「ズルって・・・もしかして」
「あ、演技はしましたけど、名前で呼んで欲しかったのは本当ですから」
至近距離のままに位置するカズヤの疑念に対して、ちとせはその状態のまま
であっさりと肯定し、同時に本心も付け加える。
おかげで、触れ合わんばかりの零距離からまっすぐに見つめられるというプ
レッシャーからは解放されたはずのカズヤは、今度は至近距離で嬉しそうに、
かつ暖かく見つめるちとせの綺麗な笑顔を見る羽目になり、気恥ずかしいやら
照れくさいやらで顔が真っ赤になる羽目になった。
解放してもらえるかな、と期待していただけに、対応に困るカズヤである。
それでも、何とか自分の希望を伝えようと言葉を絞り出す。
「あ、あの、か・・・」
「カ・ズ・ヤ・さん♪」
相手が自分を何と呼ぼうとしているか敏感に察知したちとせは、笑顔のまま、
音符が跳ねているテンポの良い口調で遮った。それだけであったが、カズヤに
意志を伝えるには十分であった。
「え、う・・・」
ちとせの言いたい事を理解したカズヤは、言葉に詰まった。だが、深く息を
吸い込むと、肺活量全てを使って彼女の望む呼び方をした。
「ち、ちとせ先輩」
「はい、何でしょう?」
「あ、あの、みんなも待っていると思うんで、そろそろケーキを・・・」
おたおたしながらも何とかしようとする「後輩」の姿に、ちとせは微笑まし
さを感じた。同時に、引き時である事も彼女は感じ取った。
「くすっ、そうですね。皆さん、お待ちかねでしょうし」
小さく笑いを漏らすと、ちとせはくるりと身を翻した。
「ズルしたお詫びと言っては何ですが、私も運ぶのを手伝いますわ」
「あ、はい、お願いします。すいません、面倒をかけてしまって」
「いいんですよ」
ちとせはそう応じながら、ケーキが乗せられた小皿を手際良くトレイに移し
ていく。横に並んだカズヤも、もう1つのトレイにケーキとフォークを移す。
(あら)
移し終えた時。何とはなしに彼の横顔に目を向けたちとせは、その頬にクリー
ムがついているのに気づいた。
「カズヤさん、ちょっと動かないでくださいね」
「はい?」
不意の発言に、カズヤは反射的に動きを止めた。どういう理由か、彼が問う
間もなく、ちとせは行動に移っていた。
「ほっぺにクリームが・・・」
そうささやくと、顔を寄せ、すばやく頬についたクリームをなめ取った。
「えっ?」
頬に一瞬だけ触れた物の正体が理解出来なかったカズヤは、思わず呆けた反
応を返した。が、すぐに頬の感触からその正体を思い出した彼は、瞬く間に顔
を真っ赤にした。
「えっ、えーーーーっ!?かかか・・・じゃなくって、ち、ちとせ先輩!一体
何を!?」
驚きと羞恥で舌をもつれさせながら叫ぶカズヤ。それでも手にしたトレイを
落としたりしないあたりはさすがと言うべきか。それと比べて、ちとせは落ち
着いたものであった。
「ほっぺにクリームがついていましたから、取っただけですよ。それよりも、
早く皆さんの所に行きましょう。きっとお待ちかねですよ」
あまりの落ち着きぶりに、かえって反応に困ったカズヤだった。
この一件以後、カズヤはちとせの事を「ちとせ先輩」と呼ぶようになる。
なお、この時使用したマスターキーを返すちとせは、やたらと上機嫌であっ
たことが、ルクシオール艦長、タクト・マイヤーズによって確認されている。
終わり
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・・・えー、ゲーム本編と比べると矛盾だらけですが、気にしないでいただければ幸いです。
何にしても、カズヤってムーンエンジェル隊の面々にとってはいいオモチャになる気がしませんか?
それをネタにしました。
まぁ、ムーンエンジェル隊の面々にとっては、「可愛がっている」だけなんでしょうが(笑)
それでは。